今号は、『聞き上手は一日にしてならず』(新潮文庫)をご紹介します。
永江朗さんがインタビュアー(インタビューを受けることをこう呼びます)として、当代の聞き名人に、話の聞き
方について尋ねた本です。黒柳徹子さんをはじめ、田原総一郎さん、ジョン・カビラさん、糸井重里さん、小
松成美さん、吉田豪さん、河合隼雄さん、石山修武さん、松永真理さん、果ては刑事さんまで、貴重な情報
を聞き出すためには、どんな努力も惜しまないプロの聞き手10人です。
1人で司会を務めるトーク番組としては世界最長寿番組で、今年で34年目を迎える「哲子の部屋」のイン
タビュアー、黒柳徹子さんは、「人には必ず話がある、それから、人には聞きたいことがある、といつも感じま
す。 しゃべるのは嫌いだという人にも、必ず話したいことはあるはずだと思います。絶対に面白くないはずが
ない」 と言います。 このような聞く態度で臨まれたら、ぜひ、この人に自分のことを聞いてもらいたい、と思
わず感じてしまうのではないでしょうか。永江さんは、黒柳さんとのインタビューを終えて、黒柳さんの会話術
を「配慮」にある、と記しています。 「・・・その配慮はまずインタビュー相手に向けられ、インタビュー相手の
家族や周囲の人にも向けられ、さらにテレビを見ている一般視聴者にも向けられる・・・黒柳さんはとても親切
な人だ。たとえば相手にAという事柄を伝えるときも、それだけ切り抜いて伝えたのでは相手が分かりにくい
だろうと思い、Aに至るまでの事情や周辺の事情についても語ってくれる。 それが相手への親切でありサー
ビスであることは、たとえば黒柳さんへのインタビューテープを聞き返すとよくわかる。ところがそれを「おしゃ
べり」と誤解する人がいる。 相手のためを思って一生懸命に説明したことを「おしゃべり」とからかわれたの
では立つ瀬がない。 そのことでずいぶん悲しい思いをしたこともあるという。 もしかすると、この悲しい思い
が、黒柳さんのインタビュー術、会話術に「配慮」という要素を付け加えたのかもしれない。インタビューされ
る経験、そこでの誤解や失敗や苦痛が、インタビューする側に立ったときに役に立った。だとすれば、話を聞
くスキルを磨くためには、誰かに話を聞いてもらう経験を積み重ねるのが一番かもしれない」と。
あとがきでも、永江さんは「ここ数年は、こちらがインタビューを受ける機会も多くなりました。インタビュアー
になってみると、インタビューの良し悪しやうまい下手がよくわかります。せっかくインタビューしていただくの
に「良し悪し」 というのは失礼な言い草ですが、たとえば明らかに意味がないのに仕事で仕方なくインタビュ
ーをする人も、ごく稀ですが中にはいます。それはもう、隠したって表情とか目の色とか言葉遣いで伝わって
きます。 どんなに丁寧な語彙を選んでいても、語尾の調子などでわかる。「早く時間が過ぎないかな。まさ
か15分で終わるわけにもいかないしなぁ」と思っているんだな、と。そういうときはこちらも居心地が悪いもの
です。しかも、いささか不愉快になると同時に、「もしかしたら私も同じようなことがあるのではないか、相手を
不愉快な気持ちにさせていたのではないか」と考えて、ゾッとします」と、聞く立場、聞かれる立場、それぞ
れの立場の自分について振り返ること、こういった多様な経験が、聞くことについての考えを深めてくれる、
と記しています。
そして、「・・・「いいお天気ですね」「そうですね」とか、「おでかけですか」「ええ、ちょっとそこまで」といった
、内容のない会話ならいくらでも続けていられますが、意味のある言葉を投げたり受けたりするのは難しい。
つい感情的になってしまったり、一方的に話すだけだったり・・・喫茶店で隣のテーブルの人たちの会話に聞
き耳を立てていると、会話というよりも向き合って互いに独り言を言っているだけのことがよくあります。でも
それはそれでいい。親しい人と同じ時間、同じ場所を共有するだけで、気持ちよくなることがありますから。
一方、家電量販店のパソコン売り場やカメラ売り場に行くと、客が店員を質問攻めにしています。処理速度
は、無線LANとの相性は、画素数は、ノイズは、起動時間は。次から次へと質問が出てきて、店員はその
ひとつひとつに答えていきます。人は興味のあることについてなら、いくらでも質問できるようです。 できるこ
となら、友だちとお互いに独り言を言い合うくらいにリラックスできて、カメラ売り場ぐらい内容があって、聞く
ほうはいうまでもなく、聞かれるほうにとっても充実した有意義な時間になるための話の聞き方をしたいもの
です」
通い合ったという手ごたえのある充実した会話や、もっといろいろな人と話をしたいという気持ちは、幸福
感に欠かせないのではないか、とすら思います。