学園日誌

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社会的うつ病 3

今号も引き続き、『「社会的うつ病」の治し方 人間関係をどう見直すか』斉藤環著(新潮選書)を紹介します。前号では、プライドは高いが自信はない、というあらゆる意味で行動力を低下させる「自己愛の乖離」について触れました。そして、自信を与えプライドを現実的なものに変えてくれる「「他者」の存在がいかに重要であるか、を紹介しました。今号では、より具体的なうつへの対応について紹介したいと思います。

 

著者は、まず「環境調整の勧め」を説いています。…「新型うつ病」の治療的対応を考える場合には、家族環境の調整がたいへん重要となります。うつによって引きこもりがちとなった人にとっては、家族こそが最も重要な「環境」となるからです…私が家族相談で最初にすることは「環境調整」です。この時。家族が考えるべきことは、「いかに本人を変えるか」ではなく「いかに共存するか」ということになります…一般には、とにかく本人の気持ちの負担を軽くするように接することが推奨されます。激励せず、干渉しすぎず、時には「ほどよい無関心」が、望ましいと言われる場合もあります。また、うつ病の場合に忘れていただきたくないのは、家族も治療に参加すると言う視点です…本人との信頼関係をつくるなかで重要となるのは、「共感」にもとづく「安心」です。安心とはいっても、やみくみに慰めの言葉をかけるような方針ではうまくいかない可能性があります。「新型うつ病」の患者さんは、一見元気そうに見えることも多いため、家族はしばしば、「追い詰めれば動き出すかも」という思い込みから、本人に恥をかかせたり、不安を煽るような対応をしてしまいがちです。家族が与えられる安心は、衣食住の安心でもあり、心理的な安心でもあり、家族関係の安心でもあります。さしあたりはあなたを見放さない、見捨てないという安心感を与えてあげなければ、本人はそこを土台として外に打って出ることすらできないでしょう。土台が不安定なときほど、人は土台にしがみつくものです…「環境調整」は本人が安心して治療に取り組む環境を作るための、重要な初期アプローチの一つなのです。ここで、ブリーフセラピー(問題解決に焦点を当てた短期精神療法)などでよく言われる、試行錯誤の三原則について記しておきましょう。

(1)うまくいっているなら現状維持。

(2)うまくいかないならやり方を変える。

(3)かつてうまくいったことをもう一度やってみる

たったこれだけです。あまりにシンプルなので拍子抜けしたかもしれませんが、実行するのは案外難しいものです。たとえば「うまくいっているかどうか」ということすら、冷静な判断が難しかったりする。「やり方を変える」にしても、まったく正反対のやり方に切り替えるのはそう簡単ではありません。たとえば、子どもが叱っても言うことを聞かない場合、多くの親御さんは「叱らない方が良いのかも知れない」と考えるよりは「叱り方が足りない」と考えがちです。あるいは「かつてうまくいったこと」を再度応用するにしても、いままで自分がどんな対応をしてきたのか、この点について客観的に把握していなければ難しいでしょう…

ここでもう一点、注意していただきたいことがあります。「安心させる」ことは「ほっておく」ことではない、ということです。単なる放置は「愛想を尽かされた」「見捨てられた」という勘ぐりと不安しかもたらしません。しっかりした安心のためには、とにかく積極的に「構う」必要があります。どのくらいの頻度や密度で「構う」かはケースバイケースですが、そうした配慮も「構う」ことの一部です。家族が本人を見守り、関心を持っていることを、会話と態度を通じて伝え続ける必要があるのです。そういう関係をうまくつくりあげられれば、本人もご家族にもっと心を開くことができるようになるでしょう。さきほどちょっとだけ触れた「ほどよい無関心」も実は構うことの一部です。本人を見守りながらも、負担にならない程度の距離を保つこと、つまり、あえて無関心さを装うことも、構う姿勢として重要な場合があります…繰り返しますが、どのような距離感が適切かはケースバイケースです。場合によってはもっと頻繁で親密なコミュニケーションが必要かもしれません。あるいは本人がもっと周囲にはっきりした方針を決めて欲しがるようなケースもありうるでしょう。ケースごとにどのように間合いをつめるかは、先ほど示した試行錯誤の原則などを参考にしながら、あれこれ試みてみるのもいいでしょう。うまくいかないことを恐れすぎる必要はありません。むしろ本人にとっては「自分のために家族ががんばっていろいろ工夫をしてくれている」こと自体が安心感につながります。適切な距離感とともになされるコミュニケーションこそが、最大の安心の源です。逆に距離を考えない一方的なコミュニケーションは、しばしば不安の源になります。距離とコミュニケーションのあり方を考えるということは、環境調整において最も重要なことのひとつです…

次号では、「治療としてのコミュニケーション」について、より具体的に紹介したいと思います。


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