学園日誌

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社会的うつ病4

今号も引き続き、『「社会的うつ病」の治し方 人間関係をどう見直すか』斉藤環著(新潮選書)を紹介します。「治療としてのコミュニケーション」について、より具体的に紹介していきたいと思います。

 

…うつ病からひきこもってしまった患者を抱えた家族は、一種の悪循環に取り込まれています。この悪循環をいっそうこじらせるものが、家族間の「コミュニケーションの欠如」です。コミュニケーションといっても、ここでは会話のことを考えてください。メモやメールにはあまり治療的な意義がありません。冗談を交えた気楽なおしゃべりを一つの理想と考えてください。情報の伝達ではなく、単に親密さを確認するためのやりとりが、最も治療的です。いわば「毛づくろい」のような会話です。私が治療において理想とする家族関係のイメージは、本人と家族が互いに冗談を言い合えるような関係です。軽く相手をからかうような言葉が、怒りや暴力につながらず、日常的に自然に交わされるような。もうそのぐらいコミュニケーションが回復しているのであれば、ある程度は「本音の付き合い」でもよいでしょう。ただし、私が見てきた中でも、そうした関係に至り得た家族は決して多くありません。

それでは、本人を安心させる会話をどのように回復すればよいのでしょうか。会話でまず大事なことは、相互性と共感です。不安や焦りから相手を「変えよう」とする会話は、しばしば一方通行の空回りになります…共感とは「相手の身になってみる」ということです。これはいうほど簡単ではありません。うつ状態の人の気持ちを理解しようと思ったら、あなた自身が過去に経験した、絶望的に最悪だった時代の気分を思い出してみることをお勧めします。…基本に共感さえあれば、「ひょっとしたら本人はこう言われた方が気分がよくなるのではないか」「こういう環境なら安心できるのではないか」「こうしてあげればもっとくつろげるんじゃないか」といった、さまざまに良いアイディアが生まれやすくなります。本人の心に届くのは、通り一遍のお説教ではなく、こうした心のこもったアイディアなのです。

さて、会話の基本は「聞くこと」です。ただし、相手の話にきちんと耳を傾けるということだけでも、なかなか容易なことではありません。…話を聞いているあいだは反論や批判を控えること。これも大切です。本人の話の内容がご家族への不満や愚痴だったりすると、つい一言言いたくなるものですが、ここはこらえましょう。むしろスポンジか何かになったつもりで、本人の言い分を丸ごと吸い取ってしまおうという姿勢をお勧めします。…時に本人は、家族を困らせるような挑発的な言葉をぶつけてくることもあります。腹が立ったり、不安になったりすることでしょうが、そういう場合は、常にその反対の心理を想像しながら聞くことをお勧めします。たとえば「もう俺は治らない」とか「もう一生働けないと思う」といった訴えについては、「そんなふうに言うからには、よっぽど治りたい、働きたいに違いない」と想像してみることです。あるいは逆に、本人が誇大妄想的な訴えをする場合もあります。「仕事なんか辞めてFX(外国為替取引)で儲けることにした」「この経験を小説に書いて作家になる」など。それがどんなに非現実的な内容であっても、頭ごなしの否定や説得はほとんど役に立ちません。こういう訴えについてもいきなり否定せずに、とにかく話を聞きましょう。もちろん、無理に話を合わせる必要はありません。反対なら「私はあまり賛成できない」といった感想を述べるくらいは構いません。ただし金銭の絡むような話題については協力はできないことをはっきりさせておくべきです。理由はこちらも「あんまり賛成じゃないから」で十分です。「なぜ賛成できないのか」と聞き返されたら、「今は治療に専念して欲しいから」で説明としては十分でしょう。

…話を聞くだけでこちらからは何も話してはいけないのか、と疑問に感ずる方もおられるかもしれませんが、そんなことはありません。ここで問題は「話し方」ということになります。相手に何かして欲しいときあるいは何かをやめて欲しいとき、私たちはつい「一般論」を押し付けがちです。「世間ではこれが当然なんだから」とか「普通はこうするだろう」とか「そうするのが当り前だろう、常識的に考えて」などですね。しかしこういった言い方は、無意識に相手を非常識で半人前の人間として扱っています。つまり、これもまた相手に恥をかかせ、不安にさせてしまう表現なのです。うつ病の人はしばしば、プライドが高く自信がないということを先に指摘しました。これは立場上やむを得ないところもあります。彼らと議論すべきではありません。なぜなら彼らを言い負かすのはいともたやすいからです。「偉そうに言うなら働いてみろ」。これは彼らのなけなしのプライドを一撃で粉砕するキラーフレーズです。そこで失った信頼感を回復するのに、どれだけ膨大な時間を要することか。そんな無意味な回り道を避けるためにも、議論はくれぐれも避けていただきたいのです…

 

次号も、コミュニケーションについて具体的に見ていきたいと思います。


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