学園日誌

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子どもが育つ条件

 今号より、柏木恵子著『子どもが育つ条件―家族心理学から考える』(岩波書店)をご紹介します。著書は、家族心理学、発達心理学の知見を広く一般の人たちに伝えたいと書かれたもので、今日の家族や親子などの問題の理解や解決の一助となれば嬉しく思います。
 

「先回り育児」の加速がもたらすもの―少子化時代のこどもの「育ち」―
 かつて親の意思や決断に関わりなく生まれてくる子どもを、親は「授かるもの」として受け止め預かりものとして育てました。それが「つくらない」という選択もある中で「つくる」と決めて「つくった」子どもは親の「もちもの」的存在となりがちです。そのような子に対して親は淡々としてはいられません。強い思い入れとともに積極的に関与することになりがちです。子どもの問題が起こるごとに「親のしつけが不足している」「もっとしつけをしっかり」といったことが言われます。けれども親のしつけや教育の量はかつてないほど潤沢で、過剰ともいえるケースの方が多いのです。問題はその中身です。親はどのような「良いもの」を子どもの発達に期待しているか、どのようなタイミングで与えているか、その際子どもの側の条件をどれだけ考慮しているか、などが重要です。加えて、子育てをする者が安定した気持ちで子どもと向き合っているかが重要です。

「よかれ」「できるだけのことをしてやる」と子どもに賭ける母親の問題
 子の教育を自らの使命として、子の成功に自分を賭ける母親の場合「できるだけのことをしてやる」「よかれ」が極度に進むことになります。これが親の善意だとしても、子ども不在の「よかれ」やあまりに過剰な「できるだけのことをしてやる」は「やさしい暴力」「愛という名の支配」となる恐れが大きいのです。強い母親の手厚い庇護の下に育つ子どもは、それ自体、発達上の不利益を持っています。例えばいい学校への入学という点では「成功」したとしても、長く強い母子癒着は子の自立を妨げます。また、このような子の成功に賭ける母親の側にも問題はあります。ここには、子の幸せは即母親の幸せとする母子一体的な感情が底辺にはあります。母、子いずれも自立していない状況です。発達とは、子ども期のことだけではありません。人間の発達は、生涯にわたるものです。おとなもひとりの人間として発達し続けます。そうしたことなしに充実感や幸福感を持ち得ないことは多くの研究者が明らかにしているところです。親は親であると同時に、ひとりの大人として生きる必要があります。そうすることで子どもと安定した気持ちで向き合えるものです。

他者のために働く体験の重要性
知育中心そして親に万事庇護された生活が、日本の子どもの自信の低さの背景となっています。「できるだけのことをしてやる=親の愛情」との考えが大人になることを遅らせています。自立した生活体験の欠如が大人になることを遅らせているともいえます。子どもに対して、学校をはじめ教育機関ではできない、家庭や親でなければできないことがあります。家庭のメンバーとして親と子どもが体験を共有すること、家族のために必要な労働に参加することです。これらは、自分のためだけではなく、人のために自分の力と時間を使うことであり、自分が他者の役に立ったことを実感させる機会を与えます。自分が他者のために役立つ、その力を持っているという自分への信頼感と有能感は、その後を生き方を貫く強い根底となります。また、1930年代の古典的な研究調査があります。大恐慌でそれまで親の庇護の下に勉強と遊びに明け暮れることのできたアメリカの中上流階層の子どもたちの生活が一変します。その結果を要約すれば、ごく幼少の子どもをのぞけば、貧困の中での子どもたちの体験は、後々までプラスの意味を持っているということでした。当時を振り返って「辛い体験だったけれど、それが今の自分をつくった」と肯定的に述懐しています。いま紹介した研究は、子どもの発達にとって恵まれた環境とは何かという問題に一石を投じました。親から庇護される経済的に恵まれた環境が子どもの発達にとって望ましいのかという問題です。また、子どもは自ら遭遇した過酷な状況に精一杯立ち向かうたくましい力があり、それを発揮することが自らを育てることにもつながるということも明らかになりました。子どもに自分でさせる機会を提供する、換言すれば、親はしてやらないことも重要な親の役割です。

「育て上げ」という新しい課題
 子どもが幼いうちに身につけておくことや、育てられるべきことが未完成なため、自立不全の青年を社会に出てひとりで生きていけるように援助しよう、つまり「育て上げ」ようとの試みです。「育てなおし」ともいわれます。家庭や親の教育は熱心で過剰なほどであるのに、その中身と方向性がどこか食い違っていて、大事なものが欠けてはいないか。問い続けていかなければならない時代かもしれません。


親の会のお知らせ
五月は「聞き方・話し方」についてエクササイズを通して学びました。
六月も引き続き、親同士で親しくなりながら、親子の対話に役立つことを学べる機会にしたいと思います。




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