学園日誌

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子どもが育つ条件2

 今号も引き続き、柏木恵子著『子どもが育つ条件―家族心理学から考える』(岩波書店)をご紹介します。
「良育戦略」のもと、数の上では子どもの高学歴化が進みましたが、不登校や引きこもりなど子どもの発達上の問題があり、離婚や暴力などの家族の問題も顕在化しています。これらの問題の根には「子育て」はあるが「子育ち」は不在という状況があります。また、職業役割と養育役割が偏在していることで、大人自身の発達不全が起きていることも指摘できます。いずれも人間の発達の原則に反しています。
 …子どもは自ら学び、自ら育つ力を持つだけではありません。その力を発揮できたとき、子どもは最高の満足と自己有能感をもちます。我を忘れて何かに夢中になっている子どもの姿を、誰もが見たことがあるでしょう。けれども多くの場合そのように熱中している子どもを、親や大人はそっとしてはおきません。「早く、早く」の常套句で大人が予定したことに引っ張っていきます。子どもが自発的に熱中する時間は子どもが育つことそのものなのです。「機能の喜び」と名付けられていますが、自分の力(機能)を使うこと自体が子どもにとって喜びであり、それによって学び、育つという人間の発達の本質を言い得て妙だと思います。「機能の喜び」を味わう機会の減少は、自分が学ぶ力を持っていることについて知る体験を子どもから奪うことでもあります。同時に、子どもの自己効力感を育てる機会も奪っています。日本の子どもたちはある程度の能力を持っていても自信を持てない傾向が強いのですが、自己達成の機会の少なさも一因でしょう。親の過剰な教育熱がかえって、子どもが自ら育つことを疎外してしまっているのです。
 さらに、赤ちゃんは生まれながらの個性があることも発見されています。刺激への敏感さや、反応の激しさ、あるいは睡眠、排泄、哺乳などの規則性、なだめられやすさなどには、幅広い個人差があります。それは気質とも呼ばれ、これは、外からの刺激の受け止め方を左右する働きを持っています。アメリカの発達臨床家ダニエル・スターンの報告によれば、子どもの気質を無視したために親の熱心がかえって仇になり、子どもとの関係が悪化し、子どもが母親を拒否することになってしまったケースもあります。これは、極端なケースですが、この種の食い違いは程度の差はあれ、起こりやすいものなのです。親たちは、とかく子どもがどう育つかを全て親の育て方次第とだと考えがちです。責任感いっぱいで万全の養育をと思うあまり、いつの間にかこのようになりやすいからです。たとえば、本を読んでやる場合でも、たくさん読んでやった方がよいと言えるほど子どもは単純ではありません。子どもの眼を見て、笑いや発話に耳を傾けて、それに応えながら読み聞かせることが大事なのです。そのためには、子どもの反応を味わい、それに応答的になれるぐらい親の側にも心の余裕が必要でしょう。このように乳児でさえ個性や気質をもっているのです。さらに子どもは、成長するに従って気質以外にも、気質以外にも、その子ならではの特徴や得手・不得手などの個性が出てきます。熱中するものもそれぞれが違ってきます。子どもの特徴が活かされ、子どもが熱中できる機会を与えられたとき、子どもは最大の満足を得ます。そして、その機会を側面から支えて作ってくれた人に対して、自分を分かってくれているとの安心感や信頼感を覚えます。逆に子どもの能力や特徴を無視して、「よかれ」だけでことをすすめる親に対して、子どもは自分が受容されているという感覚はなかなかもてません。やがては不信、あるいは反逆にもつながる危険をはらんでいます。先号で見た親たちによる「先回り育児」の加速や「よい子の反乱」などの問題は、こうした子どもの個性や気質、特徴や能力などを無視した結果ともいえます。子どもが豊かに持っている育つ力を無視することは発達の主体である子どもをなおざりにしていることなのです。あくまでも発達の主体は子どもです。
 子どもの特徴や、そのときの状態に的確に応じた対応をすることが重要なのは、愛着の形成の場合にも同様です。子どもの世話をこまやかにしているからといって、子どもはその母親になつくとは限りません。子どもが特別な人としてなつき、愛着をもっているのは誰か、ということについて調査をした研究があります。その研究では、意外なことに、子どもが愛着を示すのは、自分の世話をしている母親ではなく、隣に住む男の子やおじいさんなどといったケースが少なくありませんでした。愛着の対象となった人に共通していたのは、子どもが何をしたがっているか、何を求めているか、何が今欲しいのか(情緒的に)など、子どもの気持ちや状態をよくみて、それに応えてやる仕方で子どもに接するということでした。また表情を豊かにしたり身振りをしたり、声かけやおもちゃで音を出したりと、視覚や聴覚に訴える点でも共通していました。つまり、子どもに応答的であること、子どもに備わっている敏感な感覚を使ってやり取りすること、この二つは子どもが愛情の絆を結ぶ上で大事なことなのです。




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