カスパロフとディープブルーの対戦は一勝一敗二引き分けのまま第五局を迎えます。第五局ではカスパロフが有利な先手になります。だからこの試合が人間対コンピューターの天王山だと言われました。
カスパロフは朝からほとんど口をきかなかったと言います。そして勝利した第一局と同じ非接近戦に持ち込もうとしました。しかし、第二局目のショックを引きずったカスパロフはなかなか上手く駒を動かせません。
そして終盤を迎えました。苦しい中でカスパロフは将棋の歩にあたるポーンを敵陣深くに送り込んでいきました。ポーンは一番奥まで行くとクイーンに変化します(歩が成金になるのと同じです)ポーンがクイーンになれば勝負は決まってしまいます。ですから普通であればディープブルーはそのポーンに攻撃を仕掛けてくるはずです。
ところがディープブルーはまったくポーンを無視していたのです。『いったいどんな計算をしているんでしょう』と解説たちは声をあげました。そこにはカスパロフの勝ち目を完全に打ち砕くディープブルーの驚くべき作戦があったのです。
バルボ氏は言います。
「驚きました。もうディープブルーに勝ち目はないと思われていたときに、突然カスパロフのキングに脅威を与えて引き分けに引きずり込むというものでした。チェスの防御の考え方を根底からひっくり返したのです」
ディープブルーの反撃はカスパロフがクイーンを作った直後に行われます。新しいクイーンが生まれた直後にディープブルーは飛車に当たるルークでカスパロフのキングにチェック、つまり王手をかけます。当然カスパロフは逃げます。ディープブルーはさらにもう一度チェックをかけます。それに対してカスパロフのキングは同じ場所にしか逃げることはできません。ですからディープブルーが王手をかけ続ければ同じ状況が永遠に続くことになります。チェスの場合3回おなじ状況が起これば、その時点で引き分けになるルールがあります。
カスパロフはクイーンを作ることなく引き分けを受け入れました。この対局後、カスパロフはしばらく席を立つことができませんでした。